ふくまる日記

毎日の子育てと介護。泣いたり笑ったりしながら書いています

【回想録】義父の家が競売にかかった日|売れなかった家に残った思い

この記事では、
義父の家が競売にかかったときに感じたことや、
思っていたよりずっと低かった金額のこと、
そして家族で話し合った時間のことを、私なりに残しておこうと思います。


最初の通知が届いた日

あの封筒が届いたのは、今年のはじめころでした。
開けてみると「競売」という言葉。
頭では理解できても、心が追いつきませんでした。

👇競売通知が届いた時のこと

書類に書かれた金額は、思っていたよりはるかに低くて。
「え、そんな値段で?」と驚いたのを覚えています。
とても立派な日本家屋で、結婚する前に訪ねたときはその広さに驚いたくらいです。
長年住んできた家なのに、数字で評価されると、
なんだか少し寂しい気持ちがしました。


想像よりずっと低い金額

最初に提示された金額から売れずに、
一度、二度と下がっていくたびに、なんとも言えない気持ちになりました。
家って、思い出が詰まっているほどに、
その数字が現実離れして見えてしまうものなんですね。

「安くなったら誰かが買うのかな」なんて思っていたけれど、
現実はそんなに単純じゃありませんでした。
売りたくても売れない――そんな現実を目の当たりにしました。


「身内で買えたらいいのに」という話

最終的に価格が大きく下がったとき、
親戚のひとりが「それなら自分が買って、家を建て直そうか」と話してくれました。

けれど、よく調べてみると、
購入にかかる費用や税金、解体費などを合わせるとかなりの金額になってしまって。
「思っていたよりずっとかかるなあ」と話し合いながら、
結局は断念せざるを得ませんでした。

家を“守る”ことって、気持ちだけでは難しい。
現実の数字が、静かに線を引いてしまうのを感じました。


売れなかった家と、残った思い

結局、義理の実家は買い手がつかないまま。
古い建物、土地柄、立地。
いろんな条件が重なって、「不売結果」の通知が届きました。

でも、不思議と「誰にも渡らなかった」ことに
ほっとするような気持ちもありました。
義父はホッとしているようで、
やりきれないような複雑な表情をしていました。


今だから思うこと

競売の通知が来てから急いで義父の家探しが始まり、
ドタバタと日々が過ぎ去っていきました。
今になって思えば、
あの経験が「家」や「暮らし」について
真剣に考えるきっかけになった気がします。

私には本当の意味ではわからないけど、
“実家がなくなる”というのは、
やっぱり夫にとってすごく考えさせられる出来事だったようです。
時折見せる寂しそうな顔にこちらも胸が痛くなりました。

自分の今の家を守りたい思いと、
実家を何とか残せないかという気持ち。
その間で揺れていたように見えました。

家って、誰かが住んでこそ生きる場所。
数字では測れない思い出が、そこにはちゃんと残っているんだと思います。

今は近所でも新築の家がどんどん建っています。
その陰で、売ろうと思っても売れない家、
誰も管理できないままの古い民家もあるのかなと、
今ある空き家問題を考えさせられました。


今日も読んでいただきありがとうございました。
もしよかったらポチッと応援してもらえると嬉しいです。