先日こんな記事を書きました。
免許を更新したい義父と私たちの間で、これまでどんなことがあったのか。
実際に本人が免許返納を口にするまで3年かかりました。
義父が「もう一度、免許を取りたい」と言い出したときの話を振り返ります。
脳梗塞で倒れて入院し、リハビリが進んで少し動けるようになった頃、
「もう運転できるな」と笑いながら言った義父。
けれど私と夫は、即座に反対しました。

高齢者の事故のニュースも多いし、
左半身が不自由な状態での運転は、あまりにも危険です。
誰かを傷つけるかもしれない。
本人が取り返しのつかないことになるかもしれない。
そう思うと、どうしても許せませんでした。
夫も同じ気持ちで、義父に「論外だ」とキッパリ言いました。
それでも義父の「もう一度」は何度も何度も続きました。
原付なら乗れるかも、と言ったことも。
こちらも免許をあきらめてもらうために、他の手段も提案。
自転車なら乗れるかもと言ったので三輪の自転車を購入したところ、
「格好が悪くて乗れない」「やっぱり車がいい」と言ったり。
親戚が自転車を持ってきてくれたら、
今度は「転んだらいけないから乗らない」と…。
同じようなやり取りが何度も続きました。
そしてつい最近、「免許を取り直す」と強い口調で夫に電話をしてきました。
リハビリで同じような病気をした人でも更新できたと聞いたらしく、
「今回だけは引かない!自分も取る」と。
夫は怒りを抑えきれず、「好きにしろ」と電話を切ってしまいました。
そのあと義父から私にも電話があり、
「免許申請にいる診断書をもらうから病院に連れて行ってくれ」と言われました。
でも私は、免許を取るための付き添いはできないと伝えました。
がんやリハビリの通院ならいくらでも付き添う。
でも、運転を再開させることには絶対に賛成できない。
正直、もう言葉を尽くしたと思っていました。
何度話しても噛み合わず、
“心配している”ことすら伝わらなくなる瞬間があるんです。

そしてもうひとつ。
これを書きながら改めて思うのは、田舎の現実の厳しさです。
都会のようにバスや電車があるわけではなく、
私たちの地域には公共交通機関がほとんどありません。
タクシーも一部の区間しか来ない。
生活導線を結ぶ交通手段がないのです。
結局、歩くか、自転車か、ゆっくり動く小型の乗り物くらいしか手段がない。
そうなると、「車がないと生活できない」という状況は確かにあるんです。
だから、高齢者の事故を見て「止めればいいのに」と言うのは簡単だけど、
運転以外の選択肢がない人もたくさんいる。
そこに家族がいれば止められるけど、いない人は誰も止めてくれない。
家族が止めたとしても勝手に乗ろうとする人もいるかもしれない。
そういう現実の中で、ニュースになる事故が起きていることもあると思います。
今回の免許の話は、最終的に夫が何も言わなくなってしまったので、
もう最後にしようと話し合い私が話をすることにしました。
私ももうこの話に疲れ切ってしまっていました。
自分の経済状況や保険のこと、事故の可能性など、いろいろと話をしました。
悲しむ人がいること、誰かの人生を奪うかもしれない、もちろん義父自身も。
これ以上ないというくらい言葉を尽くしたと思います。
最後は、
「お義父さんに対して、これだけ想って面倒を見てくれている息子(夫)が、
たった一つだけ“やめてくれ”と言ってるんですよ。
もし本当に免許を取るというのなら、
私たちは今後お義父さんの手助けはできなくなると思ってください。」と伝えました。
本当はここまで強く言いたくなかったのですが、
そうでも言わないと義父は引かない雰囲気でした。
翌日、義父から「やっぱり息子のことを考えたらやめるわ」と連絡がありましたが、
本当に納得している様子ではなかったように見えました。
なので、先日の「免許を返納する」という発言にはびっくりしました。
義父の場合、私と夫がいたから、最後はなんとか止められました。
でも、もしそれがなかったら——
あのまま本当に免許を取っていたかもしれません。
正直、最初は義父のことを「ただのわがまま」としか思えませんでした。
なんで分かってくれないんだろう、
どうして話が通じないんだろうって。
でも今回のやり取りを経て思ったのは、
言葉を尽くしても分かり合えないこともあるし、
本人が「やりたい」という気持ちは、
一方的に否定するだけでは届かないということ。
👇義父が免許返納を決めた日
義父も義父なりに、
「自分で動きたい」「人に頼らずいたい」という思いがあったんだと思います。
その気持ちを全部わかってあげられたかというと、
今でも少し自信がありません。
もし、自分が同じ立場になったときその決断ができるだろうか?
ただ、これは義父だけの問題ではなくて、
これから日本のあちこちで起こっていく“社会の課題”なんだと思います。
運転をやめる、続ける——その判断を、
家族だけで抱えるのはあまりに重い。
これから先、どう支えあっていけるのかを
みんなで考えていく時代なんだろうなと感じています。
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